当直よもやま話︰全国のパパ・ママ、ちょっとだけ聞いて…(医師の本音)
当直よもやま話︰全国のパパ・ママ、ちょっとだけ聞いて…(医師の本音)
平日の午後9時
救急外来のwalk inにて
母︰
あの、うちの子が3時間くらい前に、この殺虫剤のスプレーを吹き出しながら、ソレを口の中に入れて遊んでた事がさっき発覚したんです。
特に普段と変わりないのですが、心配になってしまって…
大丈夫なんでしょうか?
このまま家で様子をみてても仕方無いですから、診てもらおうかと…。
一応、殺虫剤持ってきたんですが…
ここに、『医師に相談して下さい』って書いてあるし…
研修医︰
は、はぁ…。
(うーん、確かに元気にイヤイヤしてるし、何処かを痛がる様子もない。湿疹なども出て無さそうだが…。)
製品を見せていただきますね…。
ちょっと調べますので、待合室でお待ち下さいね…。
(うーん、ピ、ピレスロイド?確かに医師・薬剤師に相談って書いてある…。こんな薬物習った事無い…。)
《困った研修医は当直の薬剤師に電話で相談するのであったが…》
当直薬剤師︰
えーっと、少々お待ち下さいね。
うーん、特に異常がなければ大丈夫かと思うんですけど、今後症状が出るかどうかは…。
やっぱりメーカーに聞いてみないと分からないですね。
でも、この時間はメーカーに電話つながりませんし…
研修医︰
そ、そうですよね、わかりました。ありがとうございます。
(外来に置いてある本でとりあえず手当たり次第調べるか…。)
《調べてはみるが、はっきりとした情報は得られず。。。。》
研修医︰
(結局、イロイロ調べてもはっきりした事は分からんかった…。まあ、かなり毒性は低いらしいが…。)
イロイロ調べてみたんですけど、現状特に異常無さそうですし、経過をみるしか無いですね。
何か異常が出たらまた来院して下さい…。
母︰えッ!?
特に何もしなくていいんですか!?
異常ってどんな異常が起きるんですか!?
研修医︰
えーっとそうですねぇ…。
…。
この、ピレスロイド系のものは人体にほとんど影響が無いものでぇ…。
母︰
…。
では、何故『医師に相談』って書いてあるのですか??
研修医︰それはですね…。
…。
…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
よくある救急外来の症例である。
殺虫剤に限らず、様々なものの誤飲や、皮膚、眼への暴露を主訴に来院するチビちゃん達。
誤飲や異食はチビちゃん達だけでなく、認知症の高齢者もチョコチョコ来院する。
大人の医薬品の誤飲も良くあるが、本来経口摂取しないような、巷でよく売られている化学製品(殺虫剤、洗剤、化粧品)の誤飲も度々出会う。
そして、それら製品の注意書きには大体『誤って食べてしまったり、異常を感じた時は医師、薬剤師に相談して下さい』と書いてあるのだ。
その主成分が、それほど人体に毒性が無いモノだったとしても書いてあるのだ。
薬剤師として薬局でOTCを扱ってた頃は
『オウオウ、メーカーさんよ!こんな事を薬剤師や医師に相談させんじゃねーよ!そもそも、この製品について1番詳しいのはオタクらぢゃねーんか??』
なんて思っていたが、コレは医師になった今でも変わらず。
もうちょい詳しく、添付文章に対応の仕方を、御両親が分かるよう記載出来ないもんか…。
いや、ホントに…。
相談されても困るんだよね…。
殺虫剤や洗剤のこととか、大して授業で勉強しませんから…。
授業で取り扱ったことあるのかな?
こーゆー記載するなら、医学部や薬学部のカリキュラム確認してくんないかな…。
『こんな洗剤を子供に飲ませたらこんな事になりました!!』だとか、『この殺虫剤を目にかけたらこんなに腫れちゃいました!!』なんて実験もデータも無いと思ひます。
自分らが扱う医薬品は何度も治験やら実験やらを重ねて、厚生労働省から安全が認められたものばかりだもんで。
普段扱うモノとは全然違うんっすよ…。
断言しよう!!
中毒学会の先生達に叱られる事覚悟で全国のパパ・ママへ断言しちゃおう!!
巷で使用されている化学物質に暴露された急性期の対応に関して、手慣れて自信を持って処置や対処ができる医師なんて、そんなにおらんっ!!(ハズっ!! 今回も異論を認めるっ!!)
ってか、中毒量ほど胃に入ってないケースや処置不要なケースばっかり!
ホントに、上記のような事を授業で濃厚に扱う医学・薬学の大学なんて皆無だろう。
国家試験にも、ほぼ出題されない。
タバコや玩具、コインや電池などはたまーに出題されるが、その他の化学物質の誤飲に関しては見た事無い。
医師国家試験では少なくともここ10年でほぼ出題されていなかったハズだし、薬剤師国家試験はかなり昔の話であるが、多分出題された事はほとんど無いだろう。
殺虫剤などであれば、それほど大きな問題になら無いケースが多いからかもしれない。
誤飲(窒息以外)の対処の仕方は結構限られていて、誤飲してから時間があまり経ってないようなら胃洗浄という、とてもチビちゃん達にはやりたく無いような酷たらしい処置(最近では、この処置により肺炎を併発するなどの危険なため推奨されない)をしたり、製品によっては水や牛乳などを飲ませ薄めて胃粘膜を保護するくらい。
うがいさせて(誤飲するくらいのチビちゃんの多くは、うがいできるような年齢じゃなかったりする事が多いが…)、せめて粘膜に暴露された物質を除去する事も記載されてたりするが…。
その他、吸着炭とかイロイロ習ったが、正直自分としてはどれ程効果があるのか眉唾ものってのが本音。
何も異常がなく、普段通りのチビちゃんであれば、『様子を見てください…』って無力感に駆られながら言い放つしか無いのである。
御両親からどんなに不満な顔されようとも、
『様子を見て下さい、何か変化が有ればまた来院して下さい。今後、異常が出るかどうかは、神のみぞ知るセカイです…』
って言うしか無いんです…
わかってね…
ごめんね…
何か異常ってどんな風に異常が出るんですか!?って言われましても、○○○とか起きるかもしれません。くらいしか答えられませぬ…
さらには、チビちゃんがいつもと違うかどうか、最も変化に気付きやすいのは、普段チビちゃんを見てる、御両親なんです…。
我々よりも、一層鋭敏に、正確に…。
我々では大して力になれませぬ…。
処方できるお薬もほとんどありませぬ…。
自分もチビがいるから心配な気持ちは分かりまくるんですが…。
医師の出番となるのは、何か症状が起きた時。
所見をとって処置をする。
嘔吐・下痢になっていれば、脱水症状が有るかどうかを身体診察や採血で判断する。
脱水症状あって水分補給が経口でできなかったら適切な補液を採血結果から判断する。
こーゆー事は出来るんだけど、何も症状が無いと何も出来ないってのが実情。
解毒剤なんてのも、たいていは無いですし…。
子を心配する親心から、何とかして欲しいという要求が強くなるのはヤマヤマデスが…。
迫られても、困ってしまうというのが本音なんッス…。
※これらは、小児科専門医でも救急専門医でもない、とある医師の本音です(^_^;)